昭和40年代に、白幡台小学校と市営南平台団地の建設に伴う事前調査で発見された中期の集落です。六軒の住居が、中央広場をはさんで三軒づつ対になる形で永きにわたって存在しました。勝坂式から加曽利E式の終末期までの土器と、打製石斧、土製円盤、硬玉などが出土。

初山遺跡(宮前区南平台)


住宅地の見える丘の南よりが初山遺跡のあった場所です。

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 川崎といっても高津区以西にはまだ畑や雑木林、谷戸などがけっこう残っています。遺跡調査の場合、川崎では学術調査による発掘はほとんど行われず、この地で発掘と言えば、開発に伴う事前調査のことです。つまり遺跡の発掘調査が行われると言うことは、その分、畑や緑地が消えてしまったと言うことでもあります。遺跡発見のニュースは見物人にとって嬉しいことですが、喜んでばかりもいられないのが現実です。畑近くで見つけた一匹の山羊。彼の行く手に幸多からんことを祈ります。

昔の面影は白幡八幡の裏山にわずかに残るのみ。