私は農家のおじさんと話しをする機会がよくあるんですが、ある人は「以前、畑から出てきた壺を学者の方が研究のため貸してもらえないかと言われて、渡したんだけれど、それっきりなしのつぶてで゛連絡先も解らないんだよ」などと話しているのをを聞きました。もう数十年も昔のことのようですから、今時はそんな不埒な学者はいないと思いますが。しかし一方で以前発掘現場から発掘物か消えてしまうようなこともけっして皆無ではない、という話しもあらぬうわさとして聞いたことがあります。まさか発掘物を横流ししているスタッフがいるとは思いませんが、李下に冠を正さずと言います。周囲に悪い印象を与えないよう管理体制にはしつかり気を配ってほしいところです。
ところで、農家のおじさん達の最大の不満といえば、ご多分に漏れず発掘にかかわる出費です。川崎市の場合、個人がマンションなど賃貸業の業務用や販売の目的で集合住宅を建てる時に、遺跡の緊急発掘がされるとそれに関わる一切の費用は事業主である地権者が負担することになっています。なぜそうなのか。ぶっちゃけた話し、お役所にそれをするだけの資金がないから。ということのようです。なにも遠回しに理屈をならべて事の正当性を叫ぶ必要は有りません。自治体にしてみれば資金は無い。でも発掘は重要。となれば払ってもらうしか手は無いのですから。
だからといって掘られる方は得るものが全くないわけでもなく、自分の土地を自分が資金を出して掘っているのですから、当然それによる出土品については所有権を主張できます。各自治体の条例によって差違はあるかもしれませんが、「自分の畑を掘っていたら小判の詰まった壺が出てきた」なんてことを想定してもらえれば良いと思います。たとえば九州方面のある場所で行われた発掘では、地権者が発掘費用を負担することに不満を持ち訴訟問題に発展したことがあるそうです。このときは結局、地権者が当該地から発掘された古伊万里の皿を所有することで、和解が成立したとのことです。若い頃からこういった修羅場をくぐり抜けてきた手練れの人ならともかく、なれない人にはこういう局面はしんどいでしょうね(発掘に責任を持つということは、こういった問題にも責任を持って関わらなければならないことを意味します)。では掘る側はどうするかというと、地権者に出土品の重要性を説き、しかるべき場所に寄付や貸し出すことを説得することになるのだと思います。たぶん。
この説得という行動がとても重要だと私は思います。なぜなら発掘規模が大きくなればなるほどその地権者はその土地の有力な旧家であることが多くなってきます。当然地域への発言力もあり、周辺地区の発掘に多大な影響を与えてしまう可能性もあります。しかもそういった旧家には興味深いものがたくさん仕舞われている蔵があり、協力が得られることによって地域の博物館運営にもプラスになる可能性があります。掘る側からすれば、「埋蔵文化財は国民共有の財産なのだから協力するのは国民の義務だ」ぐらいのことを言いたいところでしょうけど、掘られる側からすれば、いくら法律がどうの条例がどうのと言われても納得できないものは納得できないと言うでしょう。人間は理屈よりも感情で動く動物ですから。考古学者と言えども遺跡とだけ対話していれば良いと言うわけではありません。住民とのコミュニケーション力が実は最も重要な研究者の資質の一つだと思います。
一方で、最近畑にマンションを建てようと、掘り返したところ、なにやら「ややこしいモノ」が出てきたのであわてて埋め戻し、建設をやめてしまったなどという噂話も聞いたことがあります。また建設関係の人の話として、工事中に誰が見ても「コリャ遺跡だ」と思われるようなモノに出くわしたのですが、工期がおくれるとまずいので、見なかったことにしてあたり一帯コンクリートで素早く固めてしまった。てな話も風のたよりで聞いたことがあります。おそらくこういったことは日常茶飯事なのでしょうし、そんなこた研究者の方々も百も承知していることだと思います。文化財保護法は遺跡を守るために存在するのですが、一方で地権者の負担が大きすぎて人知れず消えていく遺跡もまた多くなってしまうと言うことにも目を向ける必要があると思います。