HOME 東海道 中山道 甲州街道 日光街道 奥州街道 脇往還 姫街道を歩いています 最終更新日 H30/5/28  小豆餅から落合橋までをアップしました
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 ①鎌倉から柏尾まで  ②柏尾から中山まで  ③中山から溝口まで   溝口から二子橋まで   二子橋から渋谷(並木橋)まで
  渋谷から抜弁天厳島神社(新宿余丁町)まで    抜弁天から東池袋  ⑥東池袋から川口宿まで

  鎌倉街道とは、幕府のある鎌倉と地方とを結んだ幹線道路の総称。鎌倉幕府の御家人が
「いざ鎌倉」の際、素早く馳せ参じるために整備された道路で、古代の官道や地方道を繋いで
建設された。
 吾妻鏡には鎌倉往還、鎌倉路などと記されているが、江戸時代になると鎌倉街道と呼ばれる
ようになり、その呼称が現在も各地で使われている。
 鎌倉街道は上道(かみつみち)中道(なかつみち)、下道(しもつみち) と呼ばれる3本の幹線
道路があり、ここから数多くの支道が枝分かれしていた。

鎌倉街道中道(なかつみち)
 鎌倉を出た街道は巨福呂坂を通って戸塚方面に向かい、中山を経て荏田付近から
矢倉沢往還とほぼ同じルートで多摩川の二子の渡しを渡る。
 多摩川を渡った後、東へ進路を変えて、新宿、赤羽を通って岩淵の渡しから川口に入り、
鳩ヶ谷、幸手、古河を通って奥州に至る。

 今回の旅は埼玉県の旧川口宿まで歩くことにした。その先は日光御成道日光街道
重なっている。
 このルートは芳賀善次郎著 『旧鎌倉街道探索の旅・中道編』 を参考にしました。