HOME 東海道 中山道 甲州街道 日光街道 奥州街道 脇往還 鎌倉街道上道の旅です 最終更新日 H29/8/30  上瀬谷から本町田をアップしました

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 ①鎌倉から金沢文庫  ②金沢文庫から保土ヶ谷  ③保土ヶ谷から師岡熊野神社  ④師岡熊野神社から丸子の渡し
 
 ⑤丸子の渡しから大井 ⑥大井から赤羽橋 ⑦赤羽橋から浅草 
⑧浅草から白髭橋  ⑨白髭橋から国府台

 鎌倉街道とは、幕府のある鎌倉と地方とを結んだ幹線道路の総称。
鎌倉幕府の御家人が「いざ鎌倉」の際、素早く馳せ参じるために整備された
道路で、古代の官道や地方道を繋いで建設された。

 吾妻鏡には鎌倉往還、鎌倉路などと記されているが、江戸時代になると
鎌倉街道と呼ばれるようになり、その呼称が現在も各地で使われている。

 鎌倉街道は『上道(かみつみち)』、『中道(なかつみち)』、『下道(しもつみち)と呼ばれる3本の幹線道路があり、ここから数多くの支道が枝分かれしていた。


鎌倉街道下道(しもつみち)
 鎌倉から朝夷奈切通を抜けて金沢に行き、能見台を経由して内陸に入って
いく。 保土ヶ谷、菊名、丸子の渡しを渡った後、品川を通って東京湾沿いに
北上し、橋場の渡し(隅田の渡し)を経て松戸、柏を通り常陸方面へ向かうルート
である。 また、橋場の渡し(隅田の渡し)を渡った後、千葉県の市川方面に行く
ルートもあった。
 今回の旅は橋場の渡し(隅田の渡し)から千葉県・市川の国府台まで歩くことに。常陸方面への道は水戸街道と重なっている。

このルートは芳賀善次郎著 『旧鎌倉街道探索の旅・下道編』を参考にした。