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      ①鎌倉から金沢文庫  ②金沢文庫から保土ヶ谷  ③保土ヶ谷から師岡熊野神社  ④師岡熊野神社から丸子の渡し  ⑤丸子の渡しから大井 ⑥大井から赤羽橋 
          ⑦赤羽橋から浅草 
⑧浅草から白髭橋  ⑨白髭橋から国府台

 鎌倉街道とは、幕府のある鎌倉と地方とを結んだ幹線道路の総称。鎌倉幕府の御家人が
「いざ鎌倉」の際、素早く馳せ参じるために整備された道路で、古代の官道や地方道を繋いで
建設された。
 吾妻鏡には鎌倉往還、鎌倉路などと記されているが、江戸時代になると鎌倉街道と呼ばれる
ようになり、その呼称が現在も各地で使われている。
 鎌倉街道は上道(かみつみち)中道(なかつみち)、下道(しもつみち) と呼ばれる3本の幹線
道路があり、ここから数多くの支道が枝分かれしていた。

鎌倉街道下道(しもつみち)
 鎌倉から朝夷奈切通を抜けて金沢に行き、能見台を経由して内陸に入っていく。保土ヶ谷、
菊名、丸子の渡しを渡った後、品川を通って東京湾沿いに北上し、橋場の渡し(隅田の渡し)
経て松戸、柏を通り常陸方面へ向かうルートである。また、橋場の渡し(隅田の渡し)を渡った後、
千葉県の市川方面に行くルートもあった。
 今回の旅は橋場の渡し(隅田の渡し)から千葉県・市川の国府台まで歩くことに。常陸方面への
道は水戸街道と重なっている。

 このルートは芳賀善次郎著 『旧鎌倉街道探索の旅・下道編』を参考にした。