水戸街道の表紙に戻る


水戸街道道中記


(13)中貫宿なかぬきじゅく        街道地図
 中貫宿は次の宿場である稲吉宿への下りの継ぎ立てだけを行い、上りは
稲吉宿が中貫宿を通り過ぎて土浦宿まで行うという変則的な宿駅であった。
 本陣は、大名が休憩のみを行う小休本陣で、今も建物が残されている。
 

平成23年6月3日

 土浦宿を出た旧水戸街道は、唯一残された松並木を通り、電燈建設記念碑の先で県道64号に合流。その先を数分歩き、左側の側道を上って「国道6号」(左)を越えていく。

 国道を横断する跨道橋を渡り、突き当たりのT字路を右へ曲がると中貫宿である。

 曲がって1〜2分、参道の奥に見える神社は延喜元年(901)創建と伝えられる「鹿島八坂神社」(右)。蛇の注連縄が鳥居に飾られるということだが、その鳥居が東日本大震災で倒壊。なんとも無残。
 

街道に戻ると、すぐ先に見える寺院は鎌倉時代の文治元年(1185)開基という「安穏寺(あんのんじ)(左)。

 安穏寺の対面が「中貫宿旧本陣」(右)。ここは大名の休息に使われた小休本陣で、元治元年(1864)に天狗党(水戸藩の尊皇攘夷激派)による焼打ちに遭うが、すぐに再建された建物である。

 現在も住居として使われているため外からの拝見だが、正面の唐破風造りが立派。当初は萱葺きだったそうだが今は銅版で覆われている。

 宿場の終わり近くに「旧水戸街道標柱と馬頭観音」(左)が建てられている。馬頭観音は明治38年(1905)の建立。

 街道はこの先7〜8分で国道6号に合流し、大型トラックに付き合って30分ほど歩くのだが、歩道が広いので助かる。

 国道を数分歩いた先の公民館脇に巌嶋神社の小さな社殿があるが、ここの「本殿脇障子」(右)が素晴らしい。いつ頃の作か分からないが、かなり傷みが激しいのが残念。

旧水戸街道は、この先しばらくは現水戸街道の国道6号を歩くことに。


前の宿場土浦宿へ    次の宿場稲吉へ    水戸街道の表紙に戻る