水戸街道   道中記 水戸街道の表紙に戻る
(14)稲吉宿いなよしじゅく                      街道地図
稲吉宿は当初からあったわけではなく旅人の往来が多くなった万治年間(1658〜61)に創設された宿場で最盛期には
本陣・脇本陣・問屋が各1軒、旅籠17件という中規模の宿場に発展していった。街道筋には本陣と旅籠の建物が残され
ておりまた家並みも往時の面影がよく残っている。
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 平成23年6月3日

中貫宿を出た旧水戸街道は「国道6号」(左)を30分ほど歩いて再び旧道に入るのだが道路標識によると水戸まで36km。

国道から左へ入る道の土手上に「下稲吉の一里塚」(右)と表示が。 半分削り取られ山も低くなってしまった無残な一里塚だが かろうじて一里塚の形態が残っているのが救いか。

すぐ先の旧水戸街道稲吉宿入口の表示に従い緩い坂道を下り その先の上り坂を上がると稲吉宿。

宿場の中ほど 下稲吉十字路を越えた右側の「旧本陣」(左)は坂本家。一段高くなった門と玄関は堂々たる本陣造り。現在も坂本家の住居となっているため内部の見学はできない。

ちなみに道路を挟んだ対面に脇本陣があったということだが今は取り壊されて痕跡は無い。

旧本陣の隣は旧旅籠皆川屋の「木村家住宅」(右)。 江戸時代末期の建築だが桁行き8間の総2階造りという堂々たるもの。 現在も木村家の住居として使われているため ここも見学できない。

木村家住宅の少し先、成就院正明寺へ行く参道を歩いていたら「モー」と呼ぶ声が。近づくと一頭の牛が柵から顔を出してじっとこちらを見ているではないか。まるで「一枚撮ってくれる」(左)と言ってるような。

その先2〜3分、太田医院の黒板塀が切れた先に「道標」(右)が1本。刻まれている行き先は「清水中貫真鍋ヲ経テ土浦町ニ至ル 土田市川ヲ経テ石岡町ニ至ル」 。石岡というからには明治以降の道標。

道標と反対側の道を入ると鳥居の先に杉並木の参道が続き 彼方は「香取神社」(左)。 由緒書きが無いため神社の歴史は分からないが杉並木の参道がなんとも味わい深い。

杉並木の先、境内手前を右に入ると「芭蕉句碑」(右)がある。
 古の阿多利 眼爾見由類毛の 皆涼し   者せ越翁
  ( こ の あ た り  め に み ゆ る も の みなすずし  は せ お おう

なんともはや、小難しい句碑にしたものだ。
 

香取神社から街道に戻り坂道を下っていくと、その名も「天の川」(左)という川あり。居合わせた地元の人に云われなどを聞いたのだが「分かりません。私も知りたいです」

街道はその先で、かすみがうら市千代田庁舎横の坂道を上っていく。

上り切った右上に「馬頭観音」(右)が2基。かつては馬頭観音の前が水戸街道だったのだろう。今は切通しとなってしまったため取り残されてしまったようだ。

馬頭観音の先は山裾を
回り込む下り坂。この辺りも
切通しになっている。
下りきった所に谷戸があり、
田んぼが広がっている。
懐かしい景色だ。
ほどなく上土田の集落。
時代劇の一場面を見るような
長屋塀が。
こんな立派な長屋門も在りました。

ほどなく観音寺に到着。山門の両脇に並んだ六地蔵が出迎えてくれる。 境内左手の「不動堂」(左)には鎌倉時代の作と推定される不動明王像が鎮座しているのだが残念ながら拝観する事が出来ない。

観音寺横の交差点際に「夫婦道祖神」(右)が。夫婦というより幼い兄妹といった感じ。夫婦道祖神といえば、やはり信州信濃、常陸国にはちょっと違和感が有るかな。

ほどなく旧街道は国道6号に合流するが合流点左の坂道を下って往西寺(おうさいじ)に寄り道を。

坂道を下った先の高台が「中根長者の屋敷跡」(左)と云われており現在は往西寺の境内。

小田氏の庇護を受けていた中根与右衛門は、天正年間(1573〜92)に佐竹氏からの軍用金用立てを拒否したため滅ぼされたのだとか。墓地裏に土塁が残っている。

街道に戻り国道6号を北上。常磐自動車道千代田石岡インター入口の道路と道路の間に「千代田一里塚」(右)がある。一里塚をうまく除けて道路を作ってくれたようだ。

旧水戸街道は再び国道6号と分かれて旧道に入っていく。

旧道入口に これまで見たことが無い石塔が2基。「生馬神供養塔と馬歴神」(左)、昭和13年(1938)と刻まれている。 

後日調べたところによると生馬神とは全ての馬を慰霊する神、馬歴神とは中国・唐の時代に信仰された馬の守護神なのだとか。馬頭観音の替わりとされたようだが普及はしなかった。

旧道を10分ほど歩いたらちょっと寄り道を。国道6号を横断して向った先は「熊野古墳」(右)。五世紀前期に造られたという全長63メートルの前方後円墳で 円墳の上に祀られているのは熊野神社。 

旧水戸街道はこの先で恋瀬橋を渡ると国府があった府中宿。

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