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水戸街道道中記

(6)取手宿とりでじゅく        街道地図
 取手は宿場町であるだけではなく、利根川水運を利用した物資の集散地としても
大変賑わっており、江戸末期には200軒ほどの商店が軒を連ねていた。
 取手宿から次の藤代宿までは、利根川と小貝川の氾濫などで、本通り、中通り、
椚木廻り、大回りの4本の街道があったとされる。今回の旅では、明治以降に
陸前浜街道と呼ばれた本通りを歩くこととする。

平成23年3月10日

 取手宿へ行くには昔は渡し舟だったが、今は「大利根橋」(左)を歩かなければならない。この橋が長いんだ。20分近く歩いたのだが、後ろからトラックが猛スピードで走り抜けていくので怖わー。

 橋の左側を歩くと川を渡った向こう側に階段があるので遠回りしないで街道に復帰できる。

 橋を降りて常磐線の高架下を通り過ぎると「本陣通り」(右)の看板が現れるが、この辺りから宿場町となっていた。

ほどなく左手奥の階段を上った小高い丘の上に長禅寺山門が見える。

 長禅寺は、承平元年(931)平将門が勅願寺として創建したと伝えられ、慶安2年(1649)には徳川家光より朱印地を賜ったという古刹。

 山門正面の建物は「三世堂」(左)と呼ばれる観音堂。「過去現在未来之三千仏を安置して三世堂と号し候」。外観は2層だが、内部は3層となったさざえ堂形式の堂で、この形式では日本最古の建物だそうだ。

 さざえ堂の左側に「一茶句碑」(右)がある。
   下総の 四国廻や 閑古鳥   一茶

 長禅寺参道の入口に「奈良漬の新六」(左)が店を構えている。先々代の田中新六が試しに作った奈良漬が事の他評判が良かったので発売することに。明治元年(1868)、屋号「新六」で売り出したそうだ。

 私も早速購入。ちょっと濃い目の味付けだが、酒粕の薫りが何ともたまりません。

 新六の隣は明暦元年(1655)創業という「田中酒造」(右)。「君萬代」という銘柄で知られているが、これは田中酒造の水を飲み大変お気に召された明治天皇から下賜された銘柄なのだとか。

 数分先に旧取手宿本陣の染野家があるのだが、残念ながら見学できるのは金・土・日のみ。見られたのは「本陣門」(左)と説明板のみ。

 なんとか見られないかと探したら、隣の路地を入った奥から屋根だけだが萱葺きの「旧本陣染野家住宅」(右)が見られる。

 寛政7年(1795)建築の主屋は、大型民家造りであるが入母屋破風を設けた重厚なもの。前庭には第九代水戸藩主徳川斉昭の歌碑などもあるという。かえすがえすも残念。

 旧本陣から3〜4分歩いた先の「八坂神社拝殿」(左)は天保3年(1832)の建築であるが見事な彫刻が施されている。

 その後ろの覆屋の中の本殿は明治39年(1906)の建築ということだが、さらに見事な彫刻で飾られている。しかし金網で保護されているため写真写りが悪いのが極めて残念。

 参道に句碑が一基。 駒形茂兵衛 とほのく路次の 朧かな  遊子
「一本刀土俵入り」の主人公・茂兵衛は取手宿の酌婦お蔦に声を掛けられ施しを受けて江戸へ。が、結局力士になりきれず、再び取手宿へ。

 旧水戸街道は5〜6分先で左の道に入っていく。さらに4〜5分歩くと「水戸街道道標」(左)が1基。「江戸与利十里八丁」と刻まれている。ということは水戸まではあと19里(約75km)。まだまだ遠い。

 道標のすぐ先を左に入ると、高台にこじんまりした社殿の「阿夫利神社」(右)が見える。 神奈川県伊勢原市の大山・阿夫利神社の分神で昭和13年(1938)の建立だとか。

 街道に戻ると、水戸街道はどういう分けか宿場以外の所での字に曲がる箇所が多いが、ここもの字に右へ曲がっていく。

 県道11号を横断し利根川の堤防に再接近した所から左の道に入ると、細い道の奥に「吉田八幡神社」(左)が見える。創建は永禄元年(1558)というから450年前。以来、営々と村人に守られてきた神社である。

 参道入口に可愛らしい神社が鎮座している。その名を「待道(まちどう)神社」(右)。こんな云われがあるそうだ。
 妊娠した女性とそのご主人が待ち合わせをしたが、お互いに違う場所で待っていたため逢えることが出来なかった。そのうち女性は産気づき道端で赤ちゃんを産んでしまったのだった。「道で待つ」が「待道」となったのだとか。

 暫く歩くと阿夫利神社の近くで見た道標と同じ道標が建てられている。

 その先は田んぼの中の一本道。所々に家はあるが、「見渡す限り真っ直ぐな道」(左)がどこまでも。今は殺風景だが、田植えの頃や実りの秋には素晴らしい景色が見られるだろう。

 かれこれ15分ほど歩いただろうか。橋の袂に「水戸街道道標」(右)が建てられており、刻まれている文字は来應寺七丁、水戸一八里、江戸11里と。真っ直ぐな道は次の藤代宿まで続く。


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