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水戸街道道中記
  

(8)若柴宿わかしばじゅく       街道地図
 若柴宿は牛久沼を迂回する高台の宿場で、藤代宿と牛久宿にそれぞれに
一里ほどの近さであったため本陣は置かれていなかった。明治19年の大火で
宿場のほとんどを焼失してしまったが、その後に建てられた立派な門構えの
家などが今も残っており、街道らしい雰囲気を味わうことができる。

平成23年4月2日

 藤代宿から宮和田宿を通って小貝川まで来たら、ちょっと上流の「文巻橋」(左)を渡って対岸へ行くのだが、住井すゑの「向かい風」のラストシーンに次のような一節が。

 ゆみは文巻橋の袂で立ち止まった。それは何よりも明瞭な別れの合図だった。 中略  ゆみは黙って橋を渡りはじめた。橋上は一入風が強かった。

 橋を渡って右に曲がると「慈眼院観音堂」(右)が見られる。天慶年間(938〜947)に平貞盛が父国香の菩提を弔うために観音堂を建立したのが起源で、現堂宇は享保2年(1717)に再建されたもの。

慈眼院から4〜5分、旧街道が谷田川でちょっとだけ途切れてしまう。ここは手前で右に曲がり常磐線を越えていくことに。

 踏切りを渡ると右手に「牛久沼排水機場」(左)の大きな構築物が見える。

 ここは左へ曲がり、すぐ先の「往還橋」(左)を渡って旧街道に復帰。 

 春ですねー。「ラッパ水仙」(右)がとっても綺麗だったので思わず1枚。

ほどなく県道5号に合流。50mほど先で左に曲がり関東鉄道竜ヶ崎線の踏切りを渡り数分歩くと馴芝小学校横に出る。

 学校先の三叉路に最近整備された「道標と説明碑」(左)が。

 説明碑によると、この三叉路で道に迷う旅人が多かったため村人の寄付で文政九年(1826)にこの道標を建立。三面に「水戸十六里 ・ 江戸十三里 ・ 布川3里 」と刻まれている。


 旧街道は住宅街を通り、田んぼの中の一本道を通り、若柴宿へ向う「大坂」(右)を上っていく。

 大坂を上り切った右側に「八坂神社」(左)が鎮座しているが、宿場はこの辺りから始まっており、下町、仲町、上町と続き、直角に右へ曲がった先は横町となっている。


 明治以降は静かな街道に変わってしまった若柴宿であるが、町並みには「四脚門」(右)や長屋門を構えた旧家などが並び、往時の雰囲気を味わいながら歩く事ができる旧街道である。

 ほどなく「薬師寺跡」(左)と表示があるので細い路地を50mほど入ると右奥に小さな祠が二つと石塔が数本。ちょっと寂しげな景色の薬師寺跡でした。

 街道に戻ると、ちょっと先に「足袋屋坂」(右)と記された案内板が。 若柴宿は坂道が多い所で、それぞれが生活道路となっており名前が付けられている。

 足袋屋坂以外にも、延命寺坂・会所坂・鍛冶屋坂などの坂道があるので時間に余裕があれば坂道散歩も面白そうだ。

 街道は突き当たりを右に曲がっていくのだが、右に曲がらず真っ直ぐ階段を上ると、数分先に「金龍寺」(左)という古刹がある。

 新田氏の菩提寺で、義貞の4男貞氏が応永24年(1417)に上州太田に建立したのが起源だが、その後幾多の変遷を経て、寛文6年(1666)に現在地へ。現本堂は安政5年(1858)に再建されたもの。

 本堂の裏に「新田家代々の墓」(右)がある。表示のある左側の五輪塔が新田義貞、中が貞氏、右が由良國繁の墓である。

 金龍寺入口前に田舎庵という蕎麦屋があるのでここで昼食をと思っていたのだが、残念、この日は休みでした。
今日の街道歩きでは唯一の食事が出来る場所だったのに。

 金龍寺を出て暫く歩いた先の左奥に見えるのは「星宮神社」(左)。延長2年(924)、肥後国の神社から分霊勧請して祀ったと云われ、天慶2年(939)には平定盛が社殿を建立寄進したと伝えられている。
 コメント:現在の社殿は江戸時代の再建で、平成元年に修理されている。

 境内左手の「駒止の石」(右)には次のような言い伝えが。

 往時、平定盛がこの社の前を通りかかると馬がこの石を見て動かなくなったそうだ。石の傍らを見ると祠があるが、これは日ごろ信仰する星大明神であった。これは神様のお引き合わせと懇ろに参詣すると馬は動きだしたと言う。

 街道に戻り、県道を横断して若柴配水場前のY字路を左に行くとその先は旧道らしい雰囲気の一本道が続く。

 ほどなく「成井一里塚」(左)に到着。上部が平になっているため一里塚碑や説明板が無ければ通り過ぎてしまいそうな一里塚であるが、左右ともしっかりと残されている貴重な遺構である。

 その先は「うねうねと曲がる下り坂」(右)が続いており、舗装されていなければ「街道時代の道」そのもである。
旧水戸街道はこの先で一部消滅しているが、常磐線の踏み切りを渡り、国道6号を横断すると街道に復帰して牛久宿へと入っていく。

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