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青梅街道 道中記 五街道の旅に戻る

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 慶長11年(1606)、 江戸城修築用の石灰が大量に必要となったことから、武州多摩郡の上成木村と北小曽木村(現・青梅市) から石灰を運ぶための道として大久保長安によって開かれたと伝えられている。継ぎ送りのために中野・田無・小川・箱根ヶ崎に宿駅が置かれ、伝馬継立が行われていた。
 江戸時代中頃になると江戸の経済発展に伴って近郊農村との商品流通路として、さらには甲州街道の脇往還(甲州裏街道)としても機能するようになり重要な街道に発展。内藤新宿の追分(現・新宿三丁目交差点)で甲州街道と別れた青梅街道は、青梅からさらに奥多摩の山中に入り大菩薩峠を越えて酒折村(甲府市酒折)で甲州街道に合流する。今回の旅では奥多摩の山中には入らず青梅までの旅とした。

内藤新宿中野宿荻窪から東伏見まで田無宿小川宿箱根ヶ崎宿青梅宿前半青梅宿後半



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