HOME 東海道 中山道 甲州街道 日光街道 奥州街道 脇往還 鎌倉街道上道の旅です 最終更新日 H29/11/5 西国分寺から所沢をアップしました


 駿府城公園内の徳川家康像
東金御成街道道中記

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 ①前原西追分から六方町交差点まで  六方町交差点から沖十文字交差点まで  沖十文字交差点から東金御殿まで


東金御成街道
 徳川家康の命を受けた佐倉藩主土井勝利が慶長18年(1613)12月から翌年1月の短期間に造り上げた道路で、
船橋の西向き地蔵前から東金までの約37kmをほぼ直線で結んでいる。 農民を総動員し、提灯をつけながら
昼夜兼行で造らせたことから「一夜街道」「提灯街道」とも呼ばれていた。 この街道は枡形道や曲尺手が全く無い
直線道路に造られていることが特徴といえる。

 家康が鷹狩りを行うために造らせたと云われているが、内実は大久保忠隣が謀反を企てているとの情報を得た
家康が鷹狩りを口実に九十九里方面の検分を行うために急遽造らせたようだ。

 街道は一部消滅した部分もあるが、造成当時のルートがほぼそのまま各幅され残っている。
今回の旅は西向き地蔵前からではなく、成田街道との追分である前原西追分からのスタートとした。