般若心経を覚えたぞ!

歳をとると忘れやすくなる。折角覚えたのだから忘れないよう努力しなければならない。

4、記憶を保つ


 暗記した般若心経を毎日書くことが日課になった。書かないと、忘れてしまうからである。 写経というような大げさなものでなく、あり合わせの紙にボールペンで262文字を書くのである。この作業は私にとって覚えたことを忘れないようにするため 欠かすことはできないものとなった。一生続くのではないかと思っている。
 この日課の過程で、数種類の漢文「般若心経」を読んで、気になることを見つけ出した。それは「般若心経」の終わりに近い箇所(227文字目)である。

    …眞實不虚故説般若波羅蜜多呪即説呪曰…

 文章の区切りが2通りあるのだ。一つは「…眞實不虚故。説般若波羅蜜多呪即説呪曰…」であり、もう一つは「…眞實不虚。故説般若波羅蜜多呪即説呪曰…」である。 般若心経がわが国へ伝来して今に至るまで共存しているのであるから、どちらも間違いではないのであろう。しかし、私は前者が気に入っている。 その理由は「眞實で虚言ではない故、般若波羅蜜多の眞言を唱えよ」という命令文になると考えたからである。 何故ならば、主語となる名詞が見あたらず、文頭の「説」は動詞である。 動詞が文の始めにあるならば、それは命令文である。そしてお経の意図するところが分かりやすい。しかし、これは素人の妄想に過ぎない。 原典を知らない私が、母国語でない漢訳の文章を眺めただけで、いい加減なことを考えるのは間違っている。
 そこで、原典を読む能力のない私は次善の策として、糸川博士の著書「新解釈“空”の宇宙論」(18ページ)に紹介されているミュラー博士の 英訳を調べることにした。糸川博士の説明によると、パーリ語から英語に直訳されているのだそうである。 (注:法隆寺梵本よりの翻訳といわれている。)つぎに問題の箇所の英訳を示す。

  …―it is truth,because it is not false―the verse proclaimed in the prajnaparamita:…

 区切りの問題について見ると、ミュラー博士の英訳は「前者」である。―(ダッシュ)で文が閉じられている。 これは直前のフレーズ“…”、すなわち、「般若波羅蜜多の…無等等呪は、能除一切苦」を「嘘でないから眞實だ」と説明・補強していることを表す。
 つぎに命令文かどうかという問題である。“the verse”が文頭に置かれている。「呪」という意味の名詞である。したがって命令文ではない。 私は間違っていた。
 “the verse”のつぎの単語、proclaim は「説」という意味の動詞である。語尾にedが付いている。これは過去形であろうか? それとも過去分詞であろうか?文脈から見て過去形ではなさそうだ。しかも文の最後は、:(コロン)である。コロンは「すなわち」という意味を含んでいて、 このあとに一般的には、the verse の説明が続く。したがって、proclaimed は過去分詞であると私は思う。 過去分詞であるならば、つぎのように書き換え可能である。
  …― the verse which is proclaimed in the prajnaparamita:…
    ( …― 般若波羅蜜多で宣言される眞言、すなわち… )

 玄奘が「即説呪曰」と訳した箇所をミュラーは「:」と訳した。このようなことを考えたりしながら、私は毎日記憶を保つ日課を続けている。

目 次
蛇 足

 私は「眞實不虚故説般若波羅蜜多呪」にこだわった。

 般若波羅蜜多と漢字で表されている言葉は、サンスクリット語で「プラッギャーパーラミター」、パーリ語で「パンニャパーラミター」 なのだそうである。この単語は名詞の同格限定複合語である。

ところが、私がこだわった経文のなかにある「般若波羅蜜多」は「プラッギャーパーラミターヤーム」である。語尾が格変化している。

 サンスクリット語の文法によれば、 名詞には3種の性、3種の数、8種の格変化がある。「プラッギャーパーラミターヤーム」は性は女性、 数は単数、格は処格である。 女性、単数、処格は英語においては、「in+名詞」に相当する。
 すなわち、ミュラー博士が訳された、 in the prajnaparamita に一致する。 この場合のinは手段を示す前置詞「…で、…をもって」と考えたい。